不妊治療の記録を残すためにブログ始めました

妊活

はじめまして、ぱんと申します。

不妊治療を経て出産し、現在2人目を妊娠中です。

これからリアルタイムではありませんが、1人目不妊治療のことから書いていきます。

その後、妊娠、出産、再び不妊治療と記録していこうと思っています。

今回はブログを始めるきっかけや熱い(ちょっと暑苦しい)思い、私の詳しいプロフィールについてです。

 

ブログを始めるきっかけ

1人目の治療を開始したごろから、たくさんのブログを読み漁っていました。
「34歳 自然妊娠 確率」
「不妊治療 30代 ブログ」
「体外受精 確率」
などなど。
何かあるたびに経験者や治療中の方のブログをいつもいつも探しては読んでいました。
人それぞれなので、全く同じようにはならないのは分かっています。
それでもとにかく同じ状況の方を探したくて、検索魔と化していました。
不妊治療は周りに気軽に相談できず、理解してもらえないことが多いです。
そんな孤独な日々を同じ悩みや辛さを抱える方々のブログが、心のよりどころになり救ってくれました。
治療は1人1人違うけれど、同じ目標に向けて頑張っていることは同じです。
勝手に仲間だと思って、落ち込んでもまた前向きに頑張ろうと思うことができました。
こういった過去から、私の経験もいつか誰かのお役に立てればいいなと思い書くことにしました。

今後の投稿について

冒頭にも書きましたが、初めは1人目不妊治療の記録から始めます。
その後、妊娠、出産、2人目治療のことを書こうと思っています。
書き始めた今、治療を始めた頃の会社のグチが多めだと反省しています、、、
でも書かずにはいられないほど古風な会社に勤めているので、こちらも誰かの参考になれば幸いです。
私自身が1人目治療中は精神的に辛い時期が多く、2人目治療の方の育児記録を見ることが辛いときがありました。
ですので、治療記録には育児のことなどは書かないよう気をつけていきます。

プロフィール詳細

プロフィールに大々的にバンっと書くのはちょっと恥ずかしいので、こちらに私の人生の歩みを書きます。

とても長いのですが、興味のある方はぜひ読んで頂ければと思います_(._.)_

アラフォーなので、それはそれは酸いも甘いもたくさん経験してきました。

 

幼少期にいじめを経験

普通の家庭に産まれ、愛情たっぷりに育てられました。

幼い頃から引っ込み思案な性格で、幼稚園と小学校1年生でいじめを経験。

1年生のときは特にひどいいじめでした。

集団下校だったんですが、

2メートル離れて歩けと指示されたり、

ランドセルを開けられ下を向かされ、川に教科書が全て落ちたり。

当時はこれが「いじめ」ということに自分では気づいていませんでした。

30年以上経った今でも鮮明に覚えているほど嫌な気持ちでした。

 

母が自宅から見える下校の様子に何かおかしいと感じたそうです。

母の勘はすごいなと思いました。

まあ、びしょ濡れの教科書を持って帰ったり、ポツンと1人で歩いているのを見たら分かるか、とも思います。

集団と分かれる所まで迎えに来て、あえて他の子供たちに声を掛けたりしながら数日様子を見て、

私にも話を聞き、いじめと確信したため連絡帳にそのことを書いたそうです。

 

担任の先生はベテランのめちゃくちゃに怖い女性でした。

その連絡帳を渡した日の下校前、私たちの集団が残されました。

先生の第一声にびっくり

「ぱんちゃんをいじめた人は誰ですが?」

いじめた奴らは固まっていましたが、先生の怖さに全員が手を上げました。

「二度とやらないでください。分かりましたね。」

全員が「はい」と返事をしました。

 

先生が怖すぎたのと、まだ低学年だったから素直に聞いたんだと思います。

「先生に言ったの?」と聞いてくる奴はいましたが、その日からいじめられることは二度とありませんでした。

 

そして、母の行動力にもびっくり。

当時まだ29歳。

今の私より全然若い(笑)

母の観察力と行動力に助けられました。

 

思春期はスポーツに明け暮れる

中学は書けるほどおもしろいことは何もありません(笑)

高校受験は頑張って、地元では倍率の高い商業高校へ入学。

裕福な家庭ではないので、高卒で就職に有利な学校を選びました。

部活に入るつもりはなかったのに、隣の席の子に誘われソフトボールという激しい部活へ入部。

両親には反対されましたが、3年間、真っ黒こげになってやり遂げました(笑)

私の青春は全てここでした。

充実していて本当に楽しかった。

 

高校卒業後に就職し社会人に

青春を謳歌し、無事に卒業。

就職して社会人となりました。

同じ高校出身の先輩がほとんどで、年齢が近いこともありとても楽しい職場でした。

海外に社員旅行でグアムへ行かせてもらったり、プライベートでも可愛がってもらえて毎日楽しかったです。

その反面、仕事はとても過酷。

事務職で入社したのに、営業まですることになり、毎日とてつもない仕事量でした。

電話営業の件数ノルマがあったため、日中は電話営業。

夕方から事務処理をして21時頃まで残業。

繁忙期は日付を超えることもありました。

個人会社でしたがバブリーだったので、給料は友人たちよりずば抜けて良く、

残業代は全額支給されていたので不満はありませんでした。

 

しかし、過酷すぎたため7年で退職。

正社員で働くことに疲れてしまった私は、それから実家暮らしをいいことに、事務以外で短時間のパートをやってみたり、いわゆるフリーター状態でした。

 

20代後半で結婚するも2年で離婚

フリーターだったころ、パート先の社員と結婚しました。

恋愛の話はもう忘れてしまったので省きます(笑)

友人達の結婚ラッシュで正直とても焦っていました。

まさかの結婚生活2年で終了。

結婚って幸せになるんじゃないの?と毎日思っていました。

楽しいことがあった記憶はありません(笑)

長ーーーい低迷期の始まりです。

月1回胃腸炎になることが半年続いて、ご飯も食べられず激ヤセしました。

今となってはその頃の体型に戻りたいと切に願っています(笑)

 

あの頃があったから今があるんだなと今は思えています。

笑える持ちネタもたくさんできていい経験でした。

そして何事も焦りは禁物!と学びました(笑)

 

もう結婚はいいや、としばらく独身でいました。

しかし、子供の頃から子供が好きだったので、

やっぱり結婚してお母さんになりたい!と婚活を始めました。

 

34歳で再婚

32歳で始めた婚活。

人見知りなので婚活パーティーは勇気が出ず。

なんとか友人と合コンには行ったけど、、、な結果。

 

その後、友人に勧められていたけど少し抵抗があった婚活アプリに登録。

そこで今の夫と出会いました。

ずっと低迷期でしたが、夫と出会い人生がクルっと明るい方向へ変わったのを感じました。

 

ネガティブ人間の私とは正反対のポジティブ人間。

(今はその無駄なポジティブにイライラすることばかり…)

そのポジティブに引き上げられるように、自分も前向きに物事を考えられるようになりました。

 

これが運命の出会いだ!と思いきや、

低迷期を抜け出し調子に乗った私。

愛想尽かされ半年で別れが訪れました。

 

人生最大の失恋、またまたドン底に突き落とされます。

それからよりを戻すため必死にいろいろやりました。

占い、メール相談、復縁サポートと今思えば怖すぎてドン引きです(笑)

でも、本当に復縁したかったらサポート必須です!なければ復縁はなかったと断言できます!

それがあったから結婚し今があるので、それはそれでいい思い出です。

 

余談ばかりがとても長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございました。

 

次回から不妊治療の記録を始めます→アラサー不妊治療スタート!婦人科初診の記録と体質改善の鍼治療

 

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